Team Honda Racing

Team Honda Racing(チームホンダレーシング)は、SUPER GTに参戦していた本田技研工業のセミワークスチームである。

概要

2004年の全日本GT選手権(現 SUPER GT)において、トヨタ自動車陣営はトムス、日産自動車陣営はNISMOが2台体制で参戦していたが、ホンダ陣営のみ2台体制のチームは無かった。[1]

この状況に対するホンダ陣営の体制強化の一環として、2005年よりARTAと童夢との合同チームとして「Team Honda Racing」が誕生、2台体制で参戦することとなった。総監督はARTAの鈴木亜久里、監督は童夢の中村卓哉という体制となり、ゼッケンナンバー、車名はそのまま存続されたが、メンテナンスは2台とも童夢が行った。2006年は亜久里がF1のスーパーアグリF1チームの運営に集中したいとのことで、当初監督・総監督ともに中村が指揮したが、第4戦以降、土屋圭市がARTA側の監督代行を務めている。

2007年はTeam Honda Racingを解散し、再びARTAと童夢とが単独チームとして参戦することとなった。なお、それぞれの布陣は前年と同じ。

参戦歴

No.マシンドライバーポイントランキング
ドライバーチーム
2005年 8 ARTA NSX 日本の旗伊藤大輔
アイルランドの旗ラルフ・ファーマン
2位 2位
18 TAKATA 童夢 NSX 日本の旗道上龍
日本の旗小暮卓史
10位
2006年 8 ARTA NSX 日本の旗伊藤大輔
アイルランドの旗ラルフ・ファーマン
7位 9位
18 TAKATA 童夢 NSX 日本の旗道上龍
日本の旗小暮卓史
3位 8位

戦績

SUPER GT

年 No. ドライバー 使用車両 タイヤ クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 9 順位 ポイント
2005年 8 日本の旗 伊藤
アイルランドの旗 ファーマン
ホンダ・NSX B GT500 OKA
4
FSW
12
SEP
2
SUG
6
TRM
16
FSW
8
AUT
1
SUZ
12
2位 82
18 日本の旗 道上
日本の旗 小暮
B GT500 OKA
7
FSW
13
SEP
7
SUG
Ret
TRM
2
FSW
11
AUT
5
SUZ
6
2006年 8 日本の旗 伊藤
アイルランドの旗 ファーマン
B GT500 SUZ
3
OKA
7
FSW
8
SEP
1
SUG
8
SUZ
6
TRM
15
AUT
11
FSW
14
9位 48
日本の旗 金石年 SUZ
6
18 日本の旗 道上
日本の旗 小暮
B GT500 SUZ
4
OKA
1
FSW
Ret
SEP
6
SUG
Ret
SUZ
Ret
TRM
5
AUT
2
FSW
7
8位 58
日本の旗 金石勝 SUZ
Ret

脚注

  1. ↑ 1999年から2002年までは、無限(現 M-TEC)と童夢とが「無限×童夢プロジェクト」として2台体制で参戦していた。2004年時点のGT500クラスに参戦していたホンダ系チームは、ARTA・童夢・中嶋企画・チーム国光の4チーム。M-TECは2003年シーズン限りでGT500クラスから撤退し、2004年はGT300クラスに参戦。