紀元前232年(きげんぜん232ねん)は、ローマ暦の年である。
できごと
セレウコス朝
- セレウコス朝の王セレウコス2世はパルティアを奪還するためイランへの遠征を行っていたが、実現しなかった。いくつかの出典によると、彼はパルティア王アルサケス1世によって数年間捕虜にされたという。また別の出典では、彼はパルティアへの支配権を認められ、アルサケス1世と和平を結んだと言われている。
中国
- 秦が大軍を興して趙を攻撃し、一軍が鄴に向かい、一軍が太原に向かって狼孟を奪った。李牧と番吾で遭遇して、秦軍は敗れて帰還した。
- 人質として秦にいた燕の太子丹が帰国した。
哲学
- クレアンテースの死後、ソロイのクリュシッポスがストア派の第3代学頭になった。ストア主義に関する多くの著書により、彼はストア主義第二の創設者と呼ばれるようになった。